ビリーヴはみかどに、この島と別れる前に1日だけ時間をくれた。
出発は明日の朝。
ビリーヴが去った後、みかどは重い足取りで家の中へと入っていった。
みことが秘石眼だったという事実を聞いただけで、こんなにいっぱいいっぱいなのに、今度はピュアくんにお別れをいわなければならない。
1年間、ずっと一緒に暮らし続けてきたピュアくん、ぽち、この島の仲間たちと・・・。
みかどが扉を開けて中にはいると、ピュアくんは眠っているくれないの近くでおとなしく座っていた。
いつも元気なピュアくんの背中が、いつもより小さく見える。
「・・・ピュア」
みかどは少しためらいがちにピュアくんの名を呼んだ。
「・・・」
ピュアくんの返事は返ってこない。
ピュアくんの反応を見て、みかどはピュアくんが自分の言おうとしているコトがわかっているのがわかった。
それだけに、そのことを自分の口からいわなければならないのは、気が重い。
みかどはできるだけ優しく、ピュアくんに言った。
「俺・・・、明日日本に帰るよ・・・」
ピュアくんは返事もしなければ、振り返りもしない。
「おまえには1年間、本当に世話になったな」
ピュアくんが何か言わないか、返事を待ってみた。
しかし、ピュアくんはいつまでたっても口を開かない。
みかどはピュアくんが気を落としているのを、痛いくらいに感じた。
そしてピュアくんを励ますかのように、少し明るい口調で話し掛ける。
「またいつか・・・、いつかこの島に・・・」
「いつだ」
ピュアくんがみかどの言葉をさえぎる。
そしてみかどの方を振り返った。
「いつかなんて日はいつだ」
ピュアくんはみかどの目をじっと見た。
みかどはその視線にたえられなくなり、思わずうつむく。
二人が黙り込んで、しばらくたった頃、ピュアくんがすっくと立ち上がった。
そして、いつもの元気な口調でみかどにいう。
「よかったな。日本に帰ったら、みことに会えるんだろ」
ピュアくんの言葉が、みかどの胸につきささる。
「ずっと会いたがってたもんな」
そしてピュアくんはまだ意識の戻らないくれないをおぶると、みかどの横を通って、家を出て行こうとする。
「おい、ピュア・・・」
「くれない送ってくる」
一言だけいうと、ピュアくんはさっさと家を出て行ってしまった。
残されたみかどはその場に立ち尽くしてしまう。
ピュアくんの出て行った扉を見つめていると、ぽちがぱたぱたとみかどのトコロへやってきた。
すると、ぽちはみかどの胸元へ飛びこみ、顔をうずめた。
声は漏らさずとも、震える肩を見れば、泣いているのなんてすぐわかる。
みかどは泣きじゃくるぽちをなでながら、小さくため息をついた。
ここは北西の森。
ピュアくんはきのえとあおいにくれないをあずけにやってきた。
北西の森に来る途中、くれないの意識も戻り、全ての経過をピュアくんから聞いた。
用件をすますと、ピュアくんはさっさと家へ帰ろうとする。
そんなピュアくんをひきとめ、くれないは聞いた。
「ピュアさん、大丈夫ですか・・・?」
ピュアくんはくれないの目を見て、何も言わず、1回こくんとうなずいた。
そして家の方へと走って帰っていった。
大丈夫なはずがない。
1年間、一緒に暮らしてきて兄として慕っていた男が、突然明日、日本へ帰るコトになってしまうのだから。
みかどが日本へ帰れば、二度と帰ってくるコトはないだろう。
彼はピュア島の住民、赤の一族と対立する、青の一族の息子なのだから。
きのえも、あおいも、くれないも。
ピュアくんが心配だった。
だけど、今この状況を自分たちでどうにかできるワケもない。
己の無力さに失望しながら、今日一日でいろんなコトを知ってしまった疲れが表れる。
元気のない声で、あおいがぽつんと呟いた。
「みかどの弟が両目とも秘石眼だったなんて、・・・みかどかわいそうだな・・・」
「・・・あぁ・・・」
きのえは沈んだ口調で答えると、その場に座り込んだ。
くれないも近くの木にもたれかかり、ぼうっと空を眺める。
もうすっかり陽はかなり傾き、空は夕焼けで真っ赤だった。
そしてふと、思い出したように、くれないは口を開く。
「・・・このままだと、ささらさんもビリーヴさんと会うコトになりますね」
しかし、もう会っているコトは予想がついていた。
くれないは視線を下に落とす。
「あぁ、そーだ。あいつビリーヴの娘だって、みかどが言ってたな」
きのえはだるそうな手つきで自分の前髪をかきあげる。
「でも、本当の娘じゃないっていってたよね」
あおいがいうと、きのえは眉をしかめて答える。
「でも、ビリーヴはあいつの育て親で、青の一族なんだぜ。ささらが赤の一族のこの島に住み着いたってコトは、自然と対立する形になっちまうだろ?あいつも・・・、気まずいんじゃねーの」
「・・・そっか、・・・そうだよね・・・。ささらちゃんも、かわいそうだ・・・」
あおいが小さなため息をもらすと、それに重なるように、きのえとくれないもため息をつく。
もう、今日一日で色々なことがのしかかってきて、頭がいっぱいだ。
そして何より、ピュアくんも、みかども、そしてささらも苦しんでいるのに、何もできない自分の無力さが、情けなかった。
「あーあ・・・、深く関りすぎたかな・・・」
きのえは大きくのびをすると、そのまま草むらの上にぱたんと倒れこむ。
「そうしてしまった以上、このまま放っておくわけにはいかないでしょう?」
「・・・うん」
くれないがいうと、あおいがしっかりとした声で同意した。
できる限りささら、ピュアくん、みかどの力になりたい。
3人ともそう思う気持ちは一緒だった。
「あ、それならみかどさんなぐさめに行ってきしょ♪友達ですしぃ」
くれないはポンッと手をうって、うきうきでピュア家に向かうが、
「やめとけ」
すかさずきのえとあおいが止めにはいった。
ビリーヴから全ての事情を聞いたささら。
ショックを隠しきれない顔で、小さく呟いた。
「みかどさんが・・・日本へ帰る・・・」
一緒に住んでた、家族だったみかどが・・・、あの家からいなくなる
ささらの頭の中で、様々な思いが交差した。
1年間一緒に住んでたピュアくんはどうなるの?
みかどさんが来る前に、ずっと1人で暮らしていたピュアくんにとって、かけがえのない「兄」のみかどさんがいなくなるだなんて、そんなコト・・・。
・・・ピュアくんだけじゃない。
あたしだって、みかどさんがいなくなるのはいや。
この島にすんでる動物たちだって、みかどさんをあんなに慕ってたのに・・・。
あの家から、みかどさんがいなくなる・・・。
この島から、みかどさんがいなくなっちゃう・・・。
困惑しているささらに、ビリーヴは言った。
「ささら、おまえは私の娘だ」
ささらはビリーヴの声を聞くと我に返り、そして彼の方を向いた。
「兄貴もそのことに免じて、今回のことも許してくれるだろう」
ビリーヴの言いたいコトは、ささらにはわかっている。
「おまえも私と一緒に、日本へ帰るか?」
わかっていた。
ビリーヴはささらの育て親だ。
血も繋がっていない彼女の面倒を、ビリーヴはよく見てくれた。
そのコトに対しては、ささらも感謝している。
しかし、再びバロック団へ帰れば・・・。
「嫌です」
ささらは視線を下に下ろしても、はっきりとした口調でいった。
「何故だ、おまえは-・・・」
「帰りません!!」
ビリーヴの声をさえぎって、ささらは怒鳴った。
「もう・・・、もうバロック団なんかへ帰りたくない!あそこへ帰れば、また人を傷つけなきゃいけなくて、いつも1人でいなくちゃいけない・・・!」
ささらは唇をぎゅっとかみしめ、そして視線をビリーヴの方へ向け、彼をキッと睨みつける。
「ビリーヴお父様」
そして一番聞きたかったコトを口にした。
「お父様は今日、本当にみかどさんを連れ戻すためだけにこの島に来たんですか?」
ささらの頭の中で思い出される、ひかりの話。
赤の一族と青の一族の確執。
青の一族が未だ、赤の一族の命を狙っているというコト。
ビリーヴも、ヴァーストのようにピュアくんや番人たちを殺すツモリでいるのだろうか。
「!」
すると、ささらはビリーヴの胸元に、うっすらと血の跡がついているのに気が付いた。
(あ・・・あれは・・・!)
跡からして、ビリーヴ自身の血ではなく、誰かの返り血だというコトがわかる。
(くれないさんの血!!!)
ささらちゃんは毎日くれないさんの血を見ているので、見ただけで判別できるようになってしまったようだ(バカな)
(じゃあ・・・、じゃあやっぱりお父様は、みかどさんを連れ戻すだけじゃなく、ピュアくんたちを殺すコトも目的として、今日この島に・・・!)
あぁ、勘違い・・・。
「お父様・・・、その血・・・」
ささらに言われ、ビリーヴは初めて自分の服の胸元に、血の跡が付いているコトに気がついた。
(あ、あのトキの・・・)
ビリーヴはその血を見て、さきほどくれないからふいうちをくらい、ピンチになったトキのコトを思い出す。
くれないが突然血を吐いたので、結果としては助かったのだが、これはそのトキの返り血だ。
「やっぱりお父様も、ヴァースト総帥のように、ピュアくん達を殺すツモリなんですか・・・?」
ささらは表情を険しくし、ビリーヴに尋ねた。
否定してほしい。
そんな思いを抱きながら。
しかし、ビリーヴはすぐに答えない。
ビリーヴの答えをまつ間が、ささらにはひどく長く感じられた。
そして、ビリーヴは目を伏せ、静かに答える。
「否定はできないな」
ささらはその言葉を聞くと、ショックよりも悲しみよりも先に、怒りが込み上げた。
そしてビリーヴを睨み、言葉を放つ。
「そうやって・・・、お父様はあたしがやっと見つけた居場所を奪っていこうとするんですね・・・」
ささらがどんなに動揺しようが、この男はまゆひとつ動かさず、冷静な瞳でささらを見つめる。
怒りで体が震えた。
怒りで涙が込み上げた。
怒りで理性が吹き飛んだ。
「ビリーヴ様!私はもう、あなたのこと、お父様とは思いません!!」
感情任せに、ささらは思いっきり叫ぶ。
「ビリーヴ様なんて、大っ嫌い!!!」
ささらの息があがる。
ささらはなおも怒りに唇を震わせ、憎らしげにビリーヴを睨んだ。
ビリーヴはささらの言葉を聞き終わると、相変わらず落ち着いた瞳でささらを見つめた。
ささらにはそれがひどく冷たく感じられ、少しだけ気おされる。
「おまえの気持ちはよくわかったよ」
そしてビリーヴはささらの横を素通りし、すれ違い際に一言、言い放った。
「さよなら」
ささらはその言葉を聞くと、突然不安な気持ちに襲われた。
そしてビリーヴの方を振り返る。
ビリーヴはこちらをふりかえりもせず、さっさと自分のヘリの方へと歩いていった。
その場に誰もいなくなった瞬間、突然ささらの頬を伝う涙。
バロック団でのつらい生活を乗り切ってこられたのは、ビリーヴの存在があったからこそ。
身寄りのない自分を育ててくれたビリーヴには感謝している。
けれど、そのビリーヴは、自分の大切な友達を殺すつもりでいる。
それは許せない。
だけど
ささらにとって、ビリーヴの存在は大きい。
感情任せに叫んだ自分を恨んだ。
だが、ビリーヴとともに帰り、ピュアくんたちを裏切るような真似はできない。
「・・・・・どうしろっていうの・・・?」
誰に尋ねたわけでもなく、涙とともに自然と言葉がこぼれた。
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