
「くれない様~!」
学校へ行く途中だったくれないは、突如響いたその声と共に何かに押しつぶされた。
その声を聞けば、姿など確認しなくても誰かは一発だ。
「うわあっ!かのこさん、ど、どこからわいてきたんですか!?」
「やーねー、くれない様。沸いて出たりできるはずないじゃない。ヘリコプターから降りて来たのよ」
からから笑うかのこだが、彼女ならそれこそ地中から沸いて出ても不思議はないとくれないは思った。
大体、低空飛行だったとはいえこの女、飛行中のヘリから飛び降りてきたのだ。
「さ、そういうわけで、一緒に登校いたしましょ」
「登校… って、もう校門の前じゃないですか」
朝から疲れを思い切り表情に出して、半眼でかのこに視線を向けるくれない。
「ちょっと今日は身支度するのに時間かかっちゃってね。
でも大丈夫!くれない様が一緒にいたいと言うのなら24時間一緒にいますから!」
「ひいい、結構です~!」
「んもう、照れないで、くれない様♪」
常人にはなかなか難しい「♪」を苦もなく発音して、かのこはラブラブな恋人同士がするように彼の腕にからみついた。
「き~のきのきのきのえっさーん!」
学校へ行く途中だったきのえは、突如響いたその声に思いっきり脱力した。
このおかしなテンション、姿など確認しなくても誰かは一発だ。
「…みお…あやしげな呼び方はやめろ…」
「あはははやだなぁもうノリですよノリ。ユーモアを解さない人間は、大成できませんぞ?」
げらげら笑うみおだが、大成なんぞしなくていいからそんなユーモア一生理解したくないときのえは思った。
大体、この女のテンションは、ユーモア溢れる人というより”かわいそうな人”のそれに近い。
「今日は天気がいいですね。なーんて地球上で交わされまくったありきたり挨拶をするのは愚の骨頂ですから挨拶にもユーモアを!」
「あーはいはい…。…何か用なのかよ」
朝から疲れを思い切り表情に出して、半眼でみおに視線を向けるきのえ。
「いいえ、特に何の用事もありませんよ?道で会ったら挨拶するのは当たり前じゃないっすか。
でも大丈夫!きのえさんが用を求めるというのなら今すぐすんごくくだらない用を用意しますから!」
「いらんいらん俺のことはほっといてくれ!」
「ははは、照れ屋だねぇ、きのえくん☆」
常人には決して発音不可能な「☆」を巧みに発音して、みおはサラリーマンが同僚にするように彼の肩に腕を回した。
「…おかしいわ」
「何がおかしいの?かのこちゃん」
突然立ち上がった友人を見て、少し戸惑いながらもささらは律儀に聞いてくれた。
「どうしてくれない様との間に進展がないのかしら!
こんなに毎日アタックしているのだから、ホントなら今頃とっくにヒマラヤ山脈あたりに新婚旅行にでも行ってるはずなのに!」
『・・・・・・・』
あんたのやり方そのものがまずいんだよ、とは二人とも口にしなかった。
それは親友に対する思いやりであり、遠慮であり、恐れでもあった。
かわりに本題から外れた問題点に突っ込んでおく。
「ヒマラヤ山脈なんて行ったらくれないさん死んじゃうよ…」
「…新婚早々未亡人だね…」
「そんなこと言ってる場合じゃないのよ!青春時代は短いのよ!まして先輩とのウキドキスクールラブができるのなんて今年だけ!
進展がなくて焦るのはあったりまえでしょう!?ささら!あんたはどうなのよ、あおいとは!」
急所を突かれて、思わずカアッと頬を赤らめるささら。
「そ、そんなあたしは別に…進展ってほどは…」
「なぁに?何かあったわけ?」
「何かってほどじゃないけど…」
「ん?Cぐらいまではいった?」
「行くわけないでしょ!!」
ささらは真っ赤な顔で怒鳴った。この手のネタにささらは滅法弱い。
「ていうか懐かしいねそれ(“ABC”)…」
みおは小さく呟いた後、それよりささらちゃん何があったの?とささらを促した。
優しさにあふれたみおの瞳に、ささらも安心したように口を開く。
「えっと、この前ね、部活が遅くなった時にあおいさんに送ってもらったの。もう暗いからって」
『えええ~!!』
色で表すとこんな感じの声で、二人は色めきだった。
非常に女子高生らしい空間が、辺りに広がる。
かのこもみおもこういうところは普通の女の子。コイバナは大好きなのだ。
(ちなみに送ってもらったと言っても、他の部員があおいの背中をどーんと叩いて激励したため実現したことなのだが、
ささらはそれには気付かなかった)
「それでそれで?」
「うん。家まで送ってくれた」
「もー!何か話したんでしょ!」
「え…いや、何か恥ずかしくって半分以上無言で過ごしちゃったけど、その後は部活の話とかしたよ」
「……。で、家に入れたんでしょ!」
「あたしは勧めたんだけど、あおいさん遠慮してすごい勢いで帰っちゃった」
遠慮したというよりも、家の中から見ていたビリーヴが般若のような顔であおいを睨んだからだったのだが、
ささらは気付かなかった。
「……それで?」
「うーんと…、家に入った」
・・・・・・・・・・・・・・。
微妙な沈黙が訪れて。
二人は無言でささらの頭をなで始めた。
「えっ、何?なになに?」
「何でもないのよ…」
「そうよ、何でもないのよ…」
二人の瞳には、優しさを通り越して慈愛が宿っていた。
恋愛に飢えている二人には、この程度のことでも嬉しそうにはにかめるささらが何か異質なものに見えたのだろう。
「…とにかく!ささらはおいとくとして!」
「え、あたしおいとかれたの?」
「みおはどうなのよ!あんたもきのえが好きなんでしょ、とてもそうは見えないけど!」
かのこの一言に、みおは目に見えて縮こまった。
さっきまでの勢いはどこへやら、みるみるうちに内気少女になってしまった。
「私は…だめなの。きのえさんのこと大好きなのに…」
「みおちゃん…」
みおは早くも目じりに涙を浮かべていた(早すぎる)
それを見て、ささらは痛ましげに声をかけた。
「彼にへんなこだなんて思われたくないのに。素直になれないせいでつい意味もなく笑ったりからかったり、
セクハラ発言しちゃったりソーラン節踊っちゃったり志村○んのモノマネしちゃったり…。
彼の前に出るといつもの私じゃなくなっちゃうの…(文字通り)どうしてなのかしら…」
「本当にどうしてかしらね。というと、みおも進展なし、か…」
かのこは体全体でため息をついて、腕を組んだ。
テンションが下がり、三人がちょうど無言になったところで、ガラリとドアが開いた。
陸上部部長のみかどである。
「あ、ささらいたいた。校庭あいたから部活始めるぞ」
「本当?わかりました、すぐいきまーす!」
呼ばれて元気よく返事をしたささらは、鞄をつかむと二人の方に向き直った。
「ごめんね、もっと話したかったけど、部活出てくるから」
「いいのよ。またね、ささらちゃん」
「せいぜいがんばりなよ」
「うん、じゃあね!」
明るい笑顔で手を振って、風のように去っていくささら。
教室に二人きりになったかのことみおはしばらく黙っていたが、やがてかのこが唐突に切り出した。
「ねえ、みお」
「ん、何?かのこちゃん」
「あたしたち、そろそろ何か恋の新展開を目指すべきじゃない?」
「新展開?」
「そう新展開!それには手を組むことも必要。あんたとあたしで同盟を組んで、お堅いあの方達を本気で陥落しにかかりましょう」
何となく不穏な言い回しになったが、かのこの言いたいことはみおにもわかった。
要するに、互いが互いの恋を全面的に応援することで、恋愛成就の効率をあげようということである。
恋愛に効率もクソもあるのか不明・・・というかそもそもくれないときのえ本人達に完全に脈がないことを鑑みると
甚だ良い作戦とは言いがたいのだが、もちろん恋する二人はそんなことは気にしない。
「・・・わかったわ、かのこちゃん。私達、お互いの恋のキューピッドになりましょう」
「あんたもなかなかストレートすぎて恥ずかしい発言を平気でするわね・・・。まあいいわ。
いい?この戦は勝ち戦!歴史は常に勝者のもの!恋の勝者になるのよ!!」
「おー!」
バックに凄まじい炎をしょいこんで雄叫びを上げるかのこ。
にこにこしながら無邪気っぽく拳を上げるみお。
こうして、学園でもっとも燃え上がらせてはいけない二人が、
ごうごうと熱く燃え上がり出したのであった…。
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